三分で学ぶ! 波止場とマフィア
三分で学ぶマフィア暗黒史
波止場とマフィア編
こんにちは!
今回は波止場とマフィアの歴史を紹介していきます。
波止場といえばマーロン・ブランド主演の映画「波止場」が有名。
波止場を支配する恐ろしいマフィア達に立ち向かう男を描いた名作なのですが、実際のマフィアはもっともっと恐ろしい存在なのでした。。
1890年から波止場は国際労働者管理組合が支配しており、その組合を支配したのはマフィア。
さらに細かな内訳を説明するとアイルランド系がマンハッタンの西側、イタリアマフィアが東側とブルックリンを支配していました。
波止場の王
アルバート・アナスタシア
16歳の時、波止場で働き始めたアルバート・アナスタシアは後に、波止場を支配する大物としてしられるようになる。
弟アンソニー・アナスタシアを国際労働者管理組合の副理事長に就任させ表から支配し、裏からも暴力を使い支配していた。
ちなみに、理事長を勤めたのはジョーゼフ・ライアンという男。
彼はマフィアの操り人形で、進んで犯罪行為に荷担していた。
そんな彼らが波止場で金を稼ぐ方法の一つはストライキ。
生鮮食品などを積む船は、急いで積み降ろしを済ませ出向しなければならない。
そんな船主にストライキをちらつかせ保証料を巻き上げたのだ。
もちろん賃上げはほとんどなく、労働者には意見を述べる機会も与えられず、どうしても話したがる者は殺される。
映画「波止場」で描かれた通り〝見ざる、聞かざる、言わざる〟だった。
さらに波止場には整列というシステムがあり、毎日マフィアは、整列した労働者から、仕事にありつける人物を選んでいた。
その際、選ばれるのは耳につま楊枝をかけた労働者。
つま楊枝をかけるのは、給料からリベートを払いますよ。という合図だった。
当然だが、選ばれなかった労働者は仕事もなく給料もない。
加えてマフィアは労働者を相手に高利貸しを行ったり、自由に麻薬を密輸したりとやりたい放題だった。
立ち上がった男 ピーター・パント
絶対的な支配力を持つマフィア アルバート・アナスタシアに、反旗を翻す男が現れた。
名前はピーター・パント。
そんなパントをマフィア達は懐柔しようとしたり、脅したりしたが、パントは一切応じない。
やがてパントは拐われ、押し込まれた車の中で絞殺された。
後に殺害を実行したマフィアは「パントの根性は見上げたもんだ。殺したくなかったがアナスタシアの命令だから仕方ない」と語っている。
西海岸の波止場
遠く離れたサンフランシスコの波止場も、地元のギャングが仕切っていたが、アナスタシアの様な圧倒的な支配力はなかった。
その為、マフィアに反抗する労働者達の大規模なストライキがおきてしまう。
ストライキはどんどん拡大し、州軍が出動するも収まらず83日間続いた。
結果、整列システムは廃止され、マフィアは姿を消すこととなる。
それから20年余り経った1945年、アナスタシアが支配する波止場でも大規模なストライキが起こった。
ストライキには数千人の労働者が参加していて、彼らの避難の的はアンソニー・アナスタシア。
このストライキをきっかけに政府もマフィアの波止場支配を問題視して動き始める。
アンソニーは犯罪調査委員会に呼ばれ、事情聴取されたが、なんとか難を逃れた。
しかし、ジョーゼフ・ライアンは横領の罪で逮捕されてしまう。結果ライアンは一線から退くことに。
こうして表向きマフィアの勢力は弱まったのでした。
また、1949年にはダウンタウンの波止場を支配していたイタリアマフィア、ジョニー・ダンが逮捕、処刑された。
ダンはラッキー・ルチアーノの命令を受け、アメリカ海軍と協力体制を築いていた人物。
ルチアーノが恩赦を得た事を思うと、あんまりな仕打ちだった。。
全米に散る波止場マフィア
次第に当局は、波止場のマフィア達に対して厳しい対応をするようになっていた。
1953年に設立された波止場委員会には、〝如何わしい人物〟を波止場から追放する権限が与えられていて、勿論マフィアはその対象。
ニューヨークの波止場に見切りをつけたマフィアの多くは、マイアミに移った。
そして、マイアミの波止場もニューヨークの波止場と同じ歴史を辿ることに。
しかし、一つ違った点は、FBIが捜査に乗り出したこと。
FBIは潜入捜査官を派遣し、マフィア達の会話を録音、一網打尽にした。
こうして波止場はクリーンになった。と言いたい所だがそうではなかった。。
アナスタシア再び
FBIの潜入捜査の結果、多くの波止場はアンソニー・スコットというマフィアに牛耳られている事が判明した。
スコットはアンソニー・アナスタシアの義理の息子で、アナスタシア兄弟の死後、引き継いで波止場を支配していた。
ちなみに、スコットはガンビーノファミリーの所属で、カルロ・ガンビーノがスコットに波止場を任せた。
アルバート・アナスタシア殺害は、カルロ・ガンビーノの仕業と言われているので、なんとも複雑。
スコットは労災詐欺など、アナスタシア兄弟よりも賢いやり方で波止場から金を巻き上げ、表向きは立派な人という評判を得ていて、大学に呼ばれ講演会まで開いていた。
スコットは巨額を稼ぎ、ガンビーノファミリーのカポに昇格。表向きにも組合で出世してゆく。
しかし、1979年に逮捕されスコットの力は弱まってしまう。
同年、ニュージャージーとマッハッタンの波止場を支配したジェノベーゼファミリーのメンバーが逮捕された。
しかし、いくら逮捕されても波止場からマフィアが完全にいなくなる事はなかった。
ちなみに、1984年にスコットは釈放されて、それ以来一度も逮捕されなかったそう
釈放後、ガンビーノファミリーのボス、ポール・カステラーノはスコットについて「俺達がスコットに力をやったんだ。あれは私たちの組合だった」と語るのをFBIに盗聴されている。
※この時カルロ・ガンビーノは死去していた。
後に政府は寝返ったサルヴァトーレ・グラヴァーノの証言により、スコットがマフィアの正式なメンバーであると確信した。