三分で学ぶ ジョゼフ・ボナンノ

三分で学ぶ ジョゼフ・ボナンノ

三分で学ぶ! マフィア暗黒史 ジョゼフ・ボナンノ編

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こんにちは!

今回は、古き良き時代のマフィア ジョゼフ・ボナンノを紹介していきます。

映画ゴッドファーザーのモデルでもあります!

ジョゼフ・ボナンノ

ボナンノは、ゴッドファーザーのコルレオーネファミリーのモデルとなったボナンノファミリーのボスです。

ボナンノ家は、名門の家庭で代々イタリアで尊敬を集めてきた。

その為ボナンノは、旧世代的な考え方をするボスだったと言われています。

旧世代といっても悪い意味ではなく、昔ながらの「名誉」、「伝統」、「尊敬」、「尊厳」 を重んじる人物でした。

アメリカへ

そんなボナンノ一家がアメリカへやってきたのは、ジョゼフ・ボナンノが3歳の時。

しかし三年ほどでアメリカへ戻ったのでので、ボナンノ自身は覚えていないと思われる。

次にアメリカへ渡るのは、19才の時。

ムッソリーニのマフィア取締から逃れる目的でアメリカに渡り、叔父のパン屋で働いた。

その傍ら、従兄弟のステファノ・マガディーノの紹介で酒密輸ビジネスにも参加し始める。

やがて、サルヴァトーレ・マランツァーノに度胸を認められ出世した。

カステランマレーゼ戦争

カステランマレーゼ戦争中には、マランツァーノ側につきマッセリア達と争いを繰り広げた。

やがて、ラッキー・ルチアーノが提唱する近代的な組織作りに同意し、マランツァーノ暗殺を手引きしたとも言われている。

マランツァーノ暗殺後は、その地盤を引き継ぎ、若冠26才で五大ファミリーのボスとなる。

同じ頃、ボナンノは結婚もした。
家庭内でも、伝統を重んじる家長だったそう。

ファミリーの運営

ボスとなってからはコート製造会社、ランドリー、チーズ販売、葬儀場、運送会社など、合法的なビジネスにも参入。

また、棺を二重底にして、下段にこっそり処分したい遺体を入れて葬るという画期的な方法を発案、この方法は他のボス達に重宝され、ボナンノは頭脳派マフィアとしての評判を集めた。

マイヤー・ランスキーのキューバ事業にも参加しており、ハバナ会議に出席したボスの中では最年少だった。

コミッション内の派閥では、フランク・コステロよりで、コステロやアルバート・アナスタシア、ジョー・プロファチとプライベートでも親しくしていた。

フランク・コステロ

その為、コステロ引退後に行われたアパラチン会議は欠席している。

コステロから、アパラチン会議が警察に摘発されることを聞かされていたという説もある。

アパラチアン会議についてはこちらも

コステロ引退後

コステロが引退、アナスタシアは暗殺され、プロファチは病死と、厳しい立場となったボナンノは、ある作戦を建てる。

それは、プロファチファミリーと協力し、カルロ・ガンビーノ、トーマス・ルッケーゼ、その他ロサンゼルスのボスやバッファローのボス(ステファノ・マガディーノ)等、敵対する派閥のボス達を皆殺しにしようというものだった。

しかし、協力していたプロファチファミリーのボス ジョセフ・マリオッコの部下、ジョセフ・コロンボがコミッションへ暗殺計画を密告してしう。

ジョセフ・コロンボ

コミッションは、ボナンノとマリオッコを呼び話を聞こうとした。

しかし、ボナンノは逃亡。
マリオッコは暗殺計画を認め、引退と賠償金の支払いを命じられた。

その結果プロファチファミリーは、ジョセフ・コロンボのものとなった。

バナナ戦争

大陪審で証言する為にニューヨークへ戻ったボナンノだったが、証言する予定の前日に、誘拐されてしまう。

犯人は、ボナンノの従兄弟のステファノ・マガディーノだった。

ステファノ・マガディーノ

マガディーノは、カルロ・ガンビーノの後ろ楯を得ていたのだ。

誘拐された先で、六週間に及ぶ話し合いの末、ボナンノは引退するという条件で解放される。

その後ボナンノは、二年間姿をくらました。

その間に、ボナンノファミリーは、コンシリエーレとなった息子のビル・ボナンノ派とカポのガスパー・ディレゴリオ派に別れ、争いを繰り広げた。

ディレゴリオにも、カルロ・ガンビーノの息がかかっていたのだった。

カルロ・ガンビーノ

カルロ・ガンビーノについてはこちら

その後、コミッションは正式にディレゴリオがボスであると認めたが、争いは続く。

この頃のコミッションについて、ビル・ボナンノは「有名無実で、ガンビーノに支配されていた」と語っている。

やがてジョセフ・ボナンノがニューヨークに戻り、引退を撤回すると争いは激しさを増した。

マンシンガンを使った襲撃や暗殺合戦で、多くの死者を出した。

ジョゼフ・ボナンノ

和解

ジョセフ・ボナンノとビル・ボナンノは、カルロ・ガンビーノと休戦協定を結び、引退。

ニューヨークを離れ、アリゾナに移り住んだ。

アリゾナで平和に過ごせると思ったボナンノだったが、自宅に爆弾を投げ込まれたり、銃弾を打ち込まれるなどのトラブルに見舞われた。

これは、抗争を止めさせたくないFBIの仕業と言われている。

爆破されたボナンノ邸

実際に、FBI捜査官が逮捕されたが、口は割らなかった。

その後は自伝が出版され、さらに息子のビルがその内容が気に入らないとして自筆で自伝を出版した。

ちなみに、ビルは自伝の内容から逮捕されたりもした。

晩年のボナンノ

最期は、2002年5月11日に97歳で心不全で亡くなった。

マフィアとしてはかなりの長生きである。

生涯、麻薬ビジネスには関与しなかったと言われており、死ぬまで厳格な父で尊敬されるボスだった。

ちなみに、ボナンノはボードウォークエンパイア映画 モブスターズにも登場している。

ジョゼフ・ボナンノの息子ビルの自伝本「汝の父を敬え」はこちら

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