三分で学ぶ ロイデメイオとデイメオクルー
三分で学ぶ ロイデメイオとデイメオクルー
目次
今回はマーダーインクの次に悪名高い殺し屋集団〝デメイオクルー〟とリーダーのロイ・デメイオを紹介していきます。
ロイ・デメイオ
1960年代前半、デメイオルッケーゼファミリーに雇われて働くギャングに過ぎなかった。
しかしガンビーノファミリーのニノ・ガッジにスカウトされマフィアの世界に入入る。
(当時のマフィアは新規雇用を行っておらず正規メンバーではない)
デメイオはすぐに才能を開花させ、ヤミ金と車の窃盗で稼ぐようになった。
デメイオクルー結成
1966年、デメイオはガソリンスタンドでクリス・ローゼンバーグという少年と出会う。
クリスはまだ16才の子供だったが、デメイオは彼を気に入りヤミ金事業を手伝わせることに。
次第にクリスの仲間もヤミ金事業を手伝うようになり、いつしか〝デメイオクルー〟が出来上がっていたのだった。
その他にもデメイオは信頼出来るいとこなどをクルーに引き入れ勢力を拡大していった。
1974年にはニノ・ガッジに命じられ初の殺しを経験。
当局に寝返った男を殺害し遺体はバラバラにして処理した。
ここからデメイオクルーは単なるマフィアではなく殺人集団となっていく。
ちなみに映画「アイスマン」に登場したリチャード・ククリンスキーがこの時の殺人に関与したとの説もあります。
シリアルキラー
次第に殺しに慣れていったデメイオクルーの面々は何かにつけて殺害でトラブルを解決するようになってゆく。
彼らの形式化された殺害方法は彼らの本拠地だったバー〝ジェミニ〟にちなんでジェミニメソッドと呼ばれることに。
ジェミニはほとんどの殺しが行われた現場でもありました。
元メンバーによるとジェミニメソッドは以下の通り。
1.ターゲットを裏口から誘い込む
2.タオルと銃を用意する
3.後ろから頭をぶち抜き、すぐにタオルをターバンのように巻く
ターバンを巻く事で血が溢れ出るのを防げるそう。
4.トイレに残りの血液を流す
5.トレイの上で解体
6.段ボールに入れてゴミ処理場に捨てる
こうしてデメイオクルーは殺人を重ねっていった。
被害者は200人を越えると言われ、その半分以上はデメイオ自身が実行犯だった。
昇り調子のデメイオ
1974年には売春事業やポルノビデオビジネスを展開。
1976年には自動車販売店を乗っ取り、そこで盗難車を捌くことで莫大な利益を手に入れる。
他にも映画グッドフェローズで描かれたような空港から出発したトラックのハイジャックも行っていた。
デメイオは新居を購入するなど正に昇り調子。
家族はなに不自由なく生活し、全てが順調。
家庭では子供たちを可愛がり、近所付き合いもさかんに行っていたという。
しかし、1976年7月にファミリーのボス カルロ・ガンビーノが死ぬと少しばかり運命に狂いが生じ始める。
ポールカステラーノ
新たにボスとなったポール・カステラーノはガンビーノが取り止めていた新規雇用を再開。
デメイオも遂にマフィアの正規メンバーとなる。
しかしカステラーノは粗っぽいマフィアを良く思っておらず、デメイオは厄介者だと思われていた。
デメイオクルーの下り坂
デメイオクルーは無許可での殺人や麻薬売買などを行うようになり、カステラーノから目をつけられてしまう。
そんな中、クリスがコロンビアの麻薬組織と揉めた末に相手を殺害。
立て続けにデメイオは通りがかりの大学生をコロンビア人の殺し屋と勘違いして射殺。
この事件もカステラーノから大きく批判されることとなった。
これに業を煮やしたガッジはクリスを殺害して詫びるように促す。
子供の頃から可愛がったクリスを殺害したデメイオはかなり精神的に参ってしまった。
さらに、盗難車ビジネスに感づいたFBIがデメイオクルーをマークするようになり、デメイオはどんどん追い詰められていった。
1982年になるとFBIはデメイオクルーの一連の殺害にも感づき捜査を開始。
逮捕は目前まで迫っていた。。
デメイオの最期
デメイオは廃人のようになり、テレビの砂嵐を見て毎日過ごすようになった。
そして1983年1月10日、デメイオは家に腕時計や財布、指輪などを家に置き出かけたきり行方不明に。
その10日後、警察は駐車場に停められた車のトランクからデメイオの遺体を発見。
頭には四発の銃創が見られた。
このデメイオ殺害はカステラーノが命じてデメイオクルーが実行したと見られるが、実行犯についてははっきりしていない。
その後、デメイオクルーは解散。
カステラーノも別の争いで殺害された。
デメイオ余談
以前お伝えした映画「グッドフェローズ」に出演したマフィア兼警察官のルイス・エポリト。
彼のおじを殺害したのもデメイオだった。
あまりの殺しっぷりにはジョン・ゴッティもドン引きだったとか。。