マイヤーランスキーの娘が語る    全国会議の裏話

マイヤーランスキーの娘が語る 全国会議の裏話

マイヤーランスキーの娘が語る
全国会議の裏話

マイヤー・ランスキーの娘 サンドラは、書籍にて、ウィリィー・モレッティと過ごした晩について語りました。

父のマイヤー・ランスキー

前回の記事と合わせご覧ください!

以下、本より抜粋

1951年10月初旬、父は私をウィリーおじさんと一緒に夕食に連れて行き、そこでハバナについて話しました。

(ハバナのカジノビジネスについて)

ウィリー・モレッティ

マイヤー・ランスキーは、いつも静かで思慮深く、少し悲しげな人物でした。と娘は話す。

対象的にウィリーおじさんは昔話をするのが好きだった。
「アトランティックシティでの最初の会議、覚えていますか?」

ウィリィーはマイヤーに尋ねました。
「私とあなたとチャーリー・ラッキーとワクシー・ゴードン、ローゼン、そしてあなたの奥さん、なんという新婚旅行だろうか」ウィリーは私に話しかけました。
「サンドラ、あなたの美しい母親は、ダッチ・シュルツと一緒にハネムーンに行ったんだよ」

マイヤーはとても不快な顔をしました。
「ウィリー、あなたは話しすぎだ」と言って話は終わりました。

ーここまで引用ー

このようなエピソードから、マイヤー・ランスキーの新婚旅行は、アトランティックシティだったという事が明かされました。

アトランティックシティの全国会議のホストを勤めたナッキー・ジョンソンは、出席者へ最高のもてなしをして、女性を連れている人には、毛皮のコートを贈ったと言われています。

ナッキーからきっとマイヤーの妻もコートを貰ったのでしょう。

ちなみに、この会議にはアル・カポネも出席していました。

右二番目イーノック・ジョンソン 右三番目はアル・カポネ

以下、再び引用

次の日、新聞の一面には、ウィリーおじさんがいました。

私はクラスメイトに、昨夜ウィリーおじさんと食事した事を自慢したかった。

それから私は新聞の残りの半分を見ました。
“デッド!” の文字が目に飛び込んできた。
その下には、バーのタイル張りの床に倒れた男の写真があり、彼の頭の周りに血溜まりがあった。

その時の殺害現場の写真

ーここまで引用ー

ウィリー・モレッティは、ジェノベーゼファミリーのアンダーボスで、フランク・コステロのいとこでした。

モレッティは、梅毒のせいで口が軽くなったり、妙な事を言うようななっていたと言われています。

モレッティ暗殺の犯人は、現在も不明のままですが、マフィア達が口の軽さを危惧して〝ケア〟した。

フランク・コステロの勢力を削ぐために、消された。
など諸説あります。

ウィリー・モレッティ

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