禁酒法時代とは?
三分で学ぶ!禁酒法時代
~マフィアと密造酒編~
マフィア映画でよく描かれる「禁酒法時代」をいいとこ取りで解説していくコーナーの第一段です!
今回は、密造酒をメインに解説していきます。
スピークイージーとは?
スピークイージーとは隠れ酒場のこと。
禁酒法時代、アルコール類を隠れて飲める場所として人気となりました。
スピークイージーは酒が飲めるだけではありません。
スピークイージーは特別な場所で、入るには合言葉や会員カードが必要でした。
そして入店できた〝選ばれた人〟だけが著名人と話したり、音楽やバーレスクを楽しんだり出来る、いわば憧れの場所だったのです。
スピークイージーは大人気となり、最盛期にはニューヨークだけで32000店が営業していました。
もちろん、店によってクオリティはピンキリでしたが。。w
酒もピンキリ
スピークイージーで出される酒も店によりピンキリでした。
ルチアーノやランスキーが扱った高級なモノもありましたが、工業用アルコールで作った酒やバスタブで作った酒も。
工業用アルコールやバスタブで作られた酒の酷い味を誤魔化すために、ジンジャーエールやミント、コカ・コーラ、レモンなどとブレンドする店もありました。
これが〝カクテル〟の始まりと言われています。
もちろん工業用のアルコールから作られた酒は、味を誤魔化しても有害だったので多くの死者が出ました。
また、警察がアルコールに毒を入れるケースもあり問題になることも。
高級な酒
多くの上質なウォッカやウィスキーは、カナダを経由して、密輸されていました。
この密輸ルートを管理したのはマイヤー・ランスキーだったと言われています。
密輸船はアメリカの海域ギリギリに停泊し、小型のボートに荷物を移し変えてから陸揚げしていた。
さらに賄賂も横行したので、逮捕される事はほとんどありませんでした。
万が一摘発されそうになった時は、海に捨てて、後から回収するだけで良かった。
そんな風にランスキーが密輸をしたのは、粗悪な酒や水でかさましした酒を売るよりも、高級な酒を上流階級に売る方針をとっていたからです。
対して、アル・カポネが大量に卸した酒は、自分の蒸留所で作ったものでした。
カポネの酒の多くは、あまり上等ではなかったと言われています。
ちなみに当時、カポネはシカゴに1万店舗以上のスピーシージーを所有していました。
酒は粗悪ですが、アル・カポネはジャズが好きがこうじてラルフ・カポネに、最高級の〝コットンクラブ〟をシセロで運営させていた。
アル・カポネは黒人のジャズマン以外は雇うなと命令をしていたそう。
明日は禁酒法時代の法律や映画、マフィアのあれこれを紹介していきます!
お酒は程よく嗜みたいですね。