三分で学ぶアメリカギャングスター ジョン・デリンジャー編

三分で学ぶアメリカギャングスター
ジョン・デリンジャー編

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今回から6日に渡りマフィアとも密接に関わる“もうひとつアメリカ暗黒史”を紹介していきます。

組織に属さずFBIと徹底的に戦った男達の生きざまとはー!?

勿論マフィアも登場しますよ!

デリンジャーの生い立ち

ジョン・ハーバート・デリンジャー

1903年6月22日、ジョン・ハーバート・デリンジャーは食料品店の息子として誕生した。

当然の事ながら多くのマフィアとは異なり、堅気でない人間と接触する機会はほぼなかっただろう。

しかし、10代になると不良仲間と共に盗みを繰り返すようになり、学校も辞めてしまう。

見かねた両親は環境を変えるために、デリンジャーを連れて田舎へ引っ越した。

しかしデリンジャーは盗みを辞めることはなく、ついに両親から縁を切られてしまう。

デリンジャーは海軍へ放り込まれるも、仮病を使いすぐに故郷へと戻り盗みを再開した。

出会い

故郷へと戻ったデリンジャーはベリル・エセル・ホヴィアスという女性と恋におち結婚。

堅気の仕事に就き彼女を幸せにしようと思ったデリンジャーだったが就職活動は難航した。

ひとまずデリンジャーは強盗で生計を立てることにする。

しかし食料品店から50ドルを盗んだデリンジャーは目撃者の証言により逮捕、刑務所へと送られてしまう。。

ジョン・ハーバート・デリンジャー

刑務所では多くの収穫が待っていた。

一つは身体検査の結果、性病を発見したこと。

もう一つは強盗仲間との出会いである。

ベテランの強盗達はデリンジャーに強盗のノウハウを授けてくれた。

デリンジャーと仲間達はチームを結成し、シャバに戻ったら仕事をしようと誓い合った。

デリンジャーは収監前に「ここから出る頃には俺は最低最悪の犯罪者になってるだろうよ」と語っていたのだが、まさにその通りだった。

1933年5月10日、30才になっていたデリンジャーはついに釈放される。

これは父親の働きかけによるものであった。

父の情けと母の死を知ったデリンジャーは再び就職活動を始めるが、例によって就職活動は困難を極める。

結局デリンジャーは強盗が天職なのだという結論に落ち着いた。

デリンジャー時代の幕開け

ジョン・ハーバート・デリンジャー

デリンジャーの快進撃は1933年6月21日に始まった。

デリンジャーはオハイオ州の銀行から1000ドルを強奪。

気を良くしたデリンジャーは8月14日にもオハイオ州の別の銀行を襲撃した。

だが警察の待ち伏せにあいデリンジャーはあっけなく逮捕されてしまう。

再び刑務所に入ったデリンジャーには作戦があった。

デリンジャーはまず刑務所で拳銃を調達、仲間を集めて脱獄計画を実行することに。

1933年10月12日、警察に変装した仲間達はデリンジャーを移送するから彼を引き渡せと看守に迫った。

看守がドアを開けると、仲間達は彼を射殺しデリンジャーと共に逃走。

仲間達とデリンジャーは“デリンジャー一味”を結成し、銀行を襲いまくろうと誓った。

ディリンジャーは1933年6月21日から1934年6月30日までの間に12回の銀行強盗に成功。

奪った金は500万ドルを超え、しかも客からは一銭も奪わなかった。

そのことから大衆はデリンジャーをヒーローとして祭り上げた。

デジャブ

ジョン・デリンジャー

1933年9月26日、警察はデリンジャーのアジトを突き止め急襲。

またしてもデリンジャーを逮捕した。

警察は反省を踏まえて刑務所の警備を強化したが、デリンジャーは仲間の助けにより再び逃亡。

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この際の脱獄、木を黒く塗り銃にみせかけて看守を脅すなどは映画でも描かれています。

3月16日、デリンジャーの仲間の一人、ハーバート・ヤングブラッドが警察官に射殺された。

彼は死の直前にデリンジャーがポートヒューロンの近くにいると打ち明けた。

警察は直ちに部隊を出動させ捜索を開始。

しかしデリンジャーは既に逃げたあとだった。

エブリン・“ビリー“・フレシェット

ジョン・デリンジャー

しばしの休暇をとることにしたデリンジャーはガールフレンドのビリーを連れて旅行に出掛けた。

旅行の間にデリンジャーは新たなチーム作りを行った。

メンバーはジョン・ハミルトン、ベビーフェイス・ネルソン、他3名。

新成デリンジャー一味は再び銀行強盗を再開した。

だが州を超えて強盗を行う彼らにはFBIの魔の手が迫っていた。

1934年3月20日、FBIはデリンジャー一味が潜伏していた宿を捜索。

異変を察知したデリンジャーは訪ねてきた男へドア越しにトンプソンマシンガンを浴びせた。

ここからFBIとデリンジャー一味の間で大銃撃戦が勃発。

デリンジャーは太ももに被弾したが、一味は無事逃走した。

逃避行

エブリン・“ビリー“・フレシェット

1934年4月6日、デリンジャーはビリーを連れて実家へと戻った。

家族に紹介するほどデリンジャーはビリーとの関係を真剣に考えていたのだ。

4月7日午前3時30分、帰路に着いたデリンジャーは衝突事故を起こしてしまう。

現場に到着した警察は残された車からマシンガンなどを発見。

直ぐ様運転手の捜索を開始した。

しかし余裕のデリンジャーはビリーとピクニックを楽しみほとぼりが冷めるのを待っていた。

4月9日月曜日、デリンジャーとビリーは予約したレストランへ。

そこで店内の様子を見に行ったビリーは待ち伏せしていた警官に逮捕されてしまう。

ビリーは車にいるデリンジャーについて口を割らなかった。

ビリーはデリンジャーの乗る車のすぐ横を通り連行されていった。

愛する彼女を奪われたデリンジャーはビリー奪還作戦を計画し始める。

しかし仲間達に説得され、デリンジャーはしぶしぶこれを諦めた。

大銃撃戦とアルカポネ

1935年4月22日、FBIはまたしてもデリンジャーのアジトを突き止めた。

山中のロッジにを包囲したFBIとデリンジャー一味は激しく撃ち合った。

デリンジャーは二階に陣取り、窓から狙撃。

FBIが警戒し、身を潜めている間に一味はまんまと逃亡した。

1934年7月、警察はシカゴで血塗れの放置された車を発見。

警察はこれをデリンジャーの物として大捜索を開始する。

一方、デリンジャーはシカゴで堅気の仕事をしながら身を隠していた。

しかしいずれは正体がバレると感じたデリンジャーはアル・カポネに協力を依頼することに。

“デリンジャーを匿えば警察に狙われる”と感じたカポネはこれを拒否。

デリンジャーは再び逃亡生活に戻った。

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これを元にした「カポネVSデリンジャー」なる作品があります

次にデリンジャーが頼ったのは闇医者だった。

デリンジャーは指紋の除去手術と整形手術を受け、別人になろうとした。

全部デリンジャー

これにより人相は変わったものの、当然ながら完全なる別人にとはいかなかった。

デリンジャーの最期

デリンジャーの手配書

デリンジャーを“パブリックエネミーNo.1”と位置付けたJ.エドガー・フーヴァーはデリンジャー行きつけの売春宿のマダム アナ・カンパスを脅し、情報提供者に仕立てた。

1934年7月28日午後8時30分、デリンジャーは売春婦のポリー・ハミルトンを伴って映画に出掛けた。

ハミルトンはFBIが発見しやすいように赤いドレスを着ていた。

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この事から“赤いドレスの女”は不吉と言われています

FBIはデリンジャーが映画を見ている間に劇場を包囲、入り口に見張りを立たせた。

やがて映画が終わり人が出てくると、見張りの男が葉巻に火をつけた。

これはデリンジャーを見つけたという仲間の捜査官への合図だった。

少し歩いたデリンジャーは捜査官につけられていることを察知し、銃を取り出そうとしたがー。

その動きを見た捜査官達は一斉に発砲、6発の弾丸が命中し、一発は脊髄を砕いていた。

死亡したデリンジャー

ちなみに流れ弾により通行人の女性2名が負傷しているが、映画などでは描かれていない。

デリンジャーの死は瞬く間に全米を駆け巡り、多くの人がヒーローの敗北を惜しんだ。。

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明日は可愛い顔をしたあの男が登場です

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