マフィアの犠牲者3

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マフィアグッズ専門店
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ドミニク・ラグッチ

ガンビーノファミリーの殺し屋ロイ・デメイオは、1979年4月19日の夜、ドミニク・ラグッチをキューバの殺し屋と間違えて殺した。

キューバの殺し屋と間違われた無実の被害者ドミニク・ラグッチは、警察官を目指していたようだ。
18歳の掃除機のセールスマンで学生でもあったラグッチは、営業会議の後、デメオの家の前に車を停めた。恐らく偶然停車しただけだった。

しかし偏執的な疑り深さを持っていたデメイオは、仲間のジョセフ・グリエルモと一緒にラグッチの車に近づき、運転手をにらみつけた。

ラグッチは慌てて走り去り、デメオとグリエルモはキャデラックで後を追いかけた。

そしてデメイオは車の窓から上半身を出し20回発砲。

ラグッチの車は別の車に衝突した。

するとデメイオは車から降り、再び至近距離から発砲したという。

ゴールデン・ドラゴン大虐殺の犠牲者

1977年9月4日早朝、サンフランシスコのレストラン「ゴールデン・ドラゴン」の客たちは、とんでもない人違いのもうひとつの例を目撃した。

その年の初め、サンフランシスコのチャイナタウンでは、ジョー・ボーイズとワウ・チンという2つの少年犯罪グループの間でギャングの抗争が勃発していた。初夏に花火の販売権をめぐってのことだ。

ジョー・ボーイズは仲間の墓が荒らされているのを発見した後、ゴールデン・ドラゴンでワウ・チンのリーダー、マイケル・”ホットドッグ”・ルイへの襲撃を計画し始めた。

虐殺の夜、4人の17歳のジョー・ボーイズ(チェスター・ユー、カーティス・タム、メルビン・ユー、ピーター・ン)はゴールデン・ドラゴンに向かった。

チェスター・ユーは逃走用の運転手を務め、他のメンバーはレストランに入った。

中には上階のブースに座っていた “ホットドッグ “ルイと10人のギャングを含め、約100人の客がいた。

そのうちの1人が窓越しにレストランに近づいてくるガンマンを見つけ、ガンマンがドアを開けて走り去るまでにルイたちは身をひそめて隠れることができた。

しかし他の客はそれほど幸運ではなかった。メルビン・ユーはテーブル席の若い男性に直接近づき、9発撃った。

ユーは被害者をルイか他のワウ・チンのリーダーと間違えたようだ。

しかし気が付かず、同席していた学生にも発砲、射殺してしまう。

それから犯人はレストラン内を進みながら、無差別に銃を乱射し、特に若い客に狙いを定めた。最終的に5人が死亡、11人が負傷した。

この夜についてわかっていることの多くは、元ジョー・ボーイから情報提供者に転身したロバート・ウーが、後にサンフランシスコ警察に、カーティス・タムとの会話の録音を提供し、虐殺の出来事を語ったものだ。

1978年と79年に、ジョー・ボーイズのボスであるトム・ユーと、殺し屋達の裁判が開かれた。メルビン・ユーとピーター・ウンは複数の第一級殺人罪で、タムは第二級殺人罪で、首謀者のトム・ユーは5件の第一級殺人罪で有罪となった。

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