バイカーギャングの歴史

バイカーギャングの歴史

以前も「最強のバイカーギャング団が復活」でご紹介したバイカーギャング。

なぜバイクに乗るギャングというジャンルが誕生したのでしょうか?

しかもバイクを好む犯罪集団は世界各地に存在しています。

不思議ですよね。

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今回は少し掘り下げてバイカーギャングの実情に迫ります。

なぜバイクに乗るのか?

バイクに乗ることは犯罪ではありません。

アメリカには‘‘違法ではないサイクリングクラブ’’が多数あり、彼らはスリルや解放感を味わうために集団で走っています。

しかし一部のサイクリングクラブは‘‘バイカーギャング’’と呼ばれていて犯罪活動に従事しています。

犯罪活動とは、よく日本で見る交通ルールを破る暴走族のようなものではありません。

警察によると多くのバイカーギャングは麻薬密売、武器密売、窃盗、恐喝、マフィアの下請けなどの活動を行っている。

バイクは関係ない活動ばかり。。

多くのバイカーギャングはバイクが好きでしょうが、それ以上に隠れ蓑としてサイクリングクラブを名乗る為にバイクに乗っていると思われます。

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ちなみにバイカーに乗る犯罪者集団は6大陸の41か国に存在し、‘’世界で最も蔓延している組織犯罪‘’と言われています。

バイカーギャングの始まり

バイカーギャングが誕生したのは第二次世界大戦直後のアメリカと言われています。

そしてバイカーギャングが注目を浴びるきっかけになったのが、1954年の映画「乱暴者」。
マーロン・ブランドがバイカーギャングのリーダーを演じ話題となりました。

映画には本物のバイカーギャングのメンバーが出演していて、リアルな内容は多くの視聴者に衝撃を与えたそう。

映画の影響でブーム的に広まったバイカーギャングが現在のスタイルを確率するのは1960年代。

ヘルズエンジェルのリーダーになったラルフ・バージャーが麻薬密売を始めた事をきっかけに、バイカーギャングは本格的な犯罪組織になってゆく。

専門家のハンターS.トンプソンは当時のバイカーギャングをこう語っています。

「彼らは法を破り、バーテンダーに無料で酒を出させ、バイクで騒音を撒き散らす」

バイカーギャングの抗争

バイカーギャングは乱闘や銃撃戦をよく繰り広げています。

アメリカで最大の争いは2015年にテキサス州ウェイコのレストランの駐車場で起こった戦い。

乱闘により9人が死亡、18人が負傷、177人が逮捕されました。

なんとこの争いの原因はどちらが先に駐車するかだったとか。。

凄い規模の乱闘ですね。。

しかしカナダではアメリカとは比べ物にならないほど激しい戦争が起こっていました。

1994年から2002年にかけて起こったカナダバイカー戦争では関係のない通行人を含む150人以上死亡した。

また、1990年代半ばに繰り広げられたデンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデンにまたがるバイカー戦争では11人が死亡し、100人近くが負傷している。

取締へ

バイカーギャングのバックル

米国当局は捜査官をバイカーギャングに潜入させメンバーを確認。

RICO法で起訴するという作戦を行っている。

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RICO法が適用されると一員であるだけで起訴されてしまいます

しかし他の国には犯罪組織の一員であることを違法にする法がないため、取締りには時間がかかりそう。

ちなみに一部のサイクリングクラブからはバイク=無法者というイメージを懸念する声も。
「サイクリングクラブのほとんどは合法的な組織です。ほんの一部のバイカーが犯罪に関与しただけで、全員が犯罪者のように思われてしまう」

そんな善良なサイクリングクラブは軍の退役軍人や子供たちへなボランティアなどを精力的に行って、イメージの改善を目指している。。

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明日は世界各地のバイカーギャングを一挙に紹介していきます!

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