警察官で殺し屋の男
警察官の裏の顔
さっそくだが以下を見てほしい。
・マフィアの殺し屋
・NY市警の刑事
・名作に多数出演の俳優
驚くべきことに、この3つはたった一人の男の職業である。
今回は警察官でありながら殺し屋として働いた男、ルイ・エポリトについて紹介します。
新米警官
1968年、アメリカ・ニューヨーク。
殺人課に新米刑事が配属された。
彼の名前はルイ・エポリト。
彼はいたって真面目に勤務し、順調に昇進していった。
そんなルイには、ある秘密があった。
それは父親ラルフ・エポリトが、ガンビーノファミリーの殺し屋であったことである。
また叔父も親戚もみんなマフィアだったという。
そんな環境下でルイはこんな感情を抱いていたのだという。
「警察官になって平和を守りたいんだ」
そして市民に愛される、誠実な刑事として数々の難事件を解決に導いた。
というのはルイが自叙伝に書いた内容である。
この話には真実とうそが入り混じっている。
実際のところルイは、不正や汚職でまみれる当時の警察組織に身をおくうちに、こんな考えに至っていたのだ。
「マフィアも警察も同じじゃないか」
そして誠実とは程遠い行為を繰り返すようになる。
・脅迫・ゆすり
・証拠の隠滅
・部外秘資料の売買
そして、、殺し。
連続殺人
不正を働くうちにルイはルッケーゼファミリーの幹部であるアンソニー・“ガスパイプ”・カッソと親しくなり、証人の抹殺を引き受けるようになる。
刑事ならば警察のデータベースにアクセスできるので、身元を容易に特定できるのだ。
また、刑事なので証人は警戒心を示さなかったのも大きい。
年にはイスラエル人のダイヤモンドディーラーの車を停車させ、その後ブルックリンの倉庫に追い込んで殺害した。
彼の遺体は倉庫の下に埋められ、2005年に見つかるまで行方不明となっていた。
またある時は、任意同行と称して敵対するマフィアを連れ出し射殺。
またある時はギャングの自宅に踏み込み、問答用無用で住人を射殺している。
さらにひどいことに、殺された住人はギャングの同居人で堅気の人物であった。
それからルイはマフィアのメッセージを広める役割も果たしていたようだ。
ある時ルイは殺した証人の口にカナリアを詰め込んで見せしめにしている。
殺しの詳細についてはTwitterもどうぞ
栄光と破滅
1990年、刑事と殺し屋の二足の草鞋を履いていたルイは、新たな目標を見つける。
そのきっかけはレストランで俳優のジョー・ペシと知り合ったことだった。
ジョー・ペシはルイの雰囲気が気にいり映画「グッドフェローズ」のオーディションに誘う。
こうして俳優デビューを果たしたルイは「プレデター2」などに出演している。
さらには「マフィアの家に生まれた刑事」というテーマの自叙伝を出版したり、テレビ番組に出演するようになった。
そんなルイの人生に暗雲が。。
1984年、ガンビーノファミリーのアジトを捜索していたFBIは捜査資料が保管されているのを発見。資料にルイの指紋が付着していたことから、彼を停職処分とする。
これに腹を立てたルイは退職し、芸能活動に専念するようになった。
時は流れて1994年。
ルイに仕事を回していたマフィア、
不正を働くうちにルイはルッケーゼファミリーの幹部であるアンソニー・“ガスパイプ”・カッソが逮捕され政府の証人となる。
するとカッソはこんな言葉でFBIの興味を引こうとした。
「刑事で殺し屋ってあり得ると思うかい?」
さらにテレビに出演しているルイの顔に見覚えのある被害者遺族が警察に通報。
これらを元にルイは殺人罪で逮捕、起訴された。
この捜査の中でルイがマフィアから毎月140万円ほどを受け取っていたことが明らかとなっている。
またラスベガスに移ってからも複数の殺しの依頼を受けていたことが明かされています。
不可解な死
逮捕されたルイは
「連邦政府は私の命を奪うかもしれません。しかし彼らは、私の魂を奪うことはできない。彼らは私の誇りを奪うことはできません。彼らは私の尊厳を奪うことはできません。
私は勤勉な警官でした。私は誰も傷つけたことはありません。」
と容疑を否認。
しかし裁判では有罪が認められ、2009年3月6日に終身刑+懲役100年が言い渡された。
それから約10年後の2019年11月3日。
アメリカ屈指のセキュリティを誇るツーソン合衆国刑務所に収監されていたルイは、謎の死を遂げた。
彼の死因は明かされておらず、今も謎のままだ。