マフィアと死体農場
マフィアと死体農場
1983 年 5 月、ニュージャージー州。
自転車に乗っていた人が、黒いビニール袋に入ったものを食べているシチメンハゲワシに遭遇した。
よく見てみると、黒いビニール袋からは人間の腕が飛び出ているではないか。
後に警察が調べたところ、遺体から財布と家族の写真が発見され、身元はダニエル・デップナーであると判明した。
デップナーの死因は、毒物を盛られ至近距離から頭を撃たれたことのようだ。
また、遺体は腐敗が進みすぎていたため、死後どれくらいの期間が経過したかはわからなかった。
数か月後、警察はニュージャージー州とニューヨーク州の境界のすぐ北にあるオレンジタウンで、別の遺体を発見した。
遺体は腐敗がほとんどなく新鮮なようだった。
通常、死体は体内の細菌によって腐敗が始まるが、この場合、遺体の内部よりも外部の腐敗が多かったのだ。
それからもう一つ、遺体には大きな特徴があった。
それは被害者の心臓に氷の結晶が残っていたこと。
これは遺体が冷凍されていたことを示していた。
捜査当局は、犯人が急いでいて遺体を適切に解凍しなかったと見た。
そうでなければ被害者が2年以上前に死亡していたことに気付かなかっただろう。
行方不明者報告書により、この遺体はルイ・マスゲイであると判明した。
そしてデップナーとマスゲイの共通点が見えてきた。
2人はマフィアの殺し屋、リチャード・ククリンスキーの仲間だったのである。
ククリンスキーの殺し
ククリンスキーは、マフィアでのキャリアを開始した時点で、すでに多数の殺人を犯していた。
彼はその経歴を買われ、ガンビーノファミリーの殺し屋ロイ・デメオの部下になる。
だが、ククリンスキーが手掛けていたのは、殺しだけではなかった。
彼は盗みにも精を出しており、そのためにデップナーを雇っていた。
また、裏ビデオの販売も手掛けていて、その販売係としてマスゲイを雇っていた。
デップナーとマスゲイの遺体から見つかった遺品は、彼らを特定し死後の間隔(PMI)、つまり死後どれくらいの時間が経過しているかを示す証拠を提供する手がかりとなった。
デップナーの遺体は腐敗しすぎていたため、生物学的に正確に推定することはできなかった。
また、マスゲイさんの冷凍死体には、死亡時刻に関する病理学的な手がかりは残されていなかった。
つまり、もしククリンスキーがこれまでの事件で行ったように、私物や指先を取り除くことで被害者の身元を隠そうとしていれば、PMIの認定は不可能だったかもしれない。
PMIの認定
1977年、テネシー大学の法医学人類学者ウィリアム・バスは、不可解な事件について相談するために地元の保安官に呼び出された。
どうやら墓強盗が南軍ウィリアム・シャイ中尉の荒らされた墓に殺人被害者を安置したようだ。
バス氏は、犠牲者の遺体の状態に基づいて、死後の間隔を6か月から1年と推定する。
しかし、さらなる証拠が明らかになるにつれて、バスは、「殺人被害者」が実際には、密封された鉄の棺の中でよく保存されていた防腐処置が施された遺体であることに気づいた。
この経験から、バス氏は法医学人類学者は分解プロセスについてさらに多くのことを知る必要があると認識したという。
1987 年、バスは最初の人類学研究施設を開設する。
分解研究においては、人間の死体の類似体を使用することが多かった。
類似体とは豚である。
豚と人間は、体重の範囲、解剖学的構造、被毛の範囲など、多くの特徴を共有している。
また、ブタは広く入手できるため、研究者は形質、死亡時期、死因を制御することができるというメリットもあった。
しかし、豚は、体のプロポーション、胃の構造、食事に関して完全な類似点には達していない。
さらに、最近の研究では、ブタの死体は人間の死体に比べてより高い速度で分解されることが観察されている。
というわけで研究対象はじょじょに人間の死体に移っていった。
遺体保管所の主な焦点は、死亡から発見まで遺体に起こるすべてをカバーする法医学タフォノミー(ギリシャ語で「埋葬」を意味するタフォスに由来)である。
タフォノミストは、人体そのものだけでなく、人体が周囲に与える影響を研究することで、制御された環境でどのように分解するかを観察しするものだ。
死体は局所的な生態系を形成し、昆虫、細菌、さらにはハゲワシなどの脊椎動物など、腐敗した組織を餌とするさまざまな腐肉生物を引き寄せる。
種は時間の経過とともに、他の生物との競合を最小限に抑えるために、分解プロセスの有利な段階に適応してきた。
例えばクロバエやアリは、分解が始まる新鮮な段階を好む。
一方、ハエの成虫は死骸の中に卵を産み、孵化したばかりの幼虫にとって重要な食料源となる。
また、細菌の繁殖によって発生するガスで体が膨れ始めると、その臭いがハシムシが宴会に参加する合図となる。
さらに、スズメバチなどの捕食者は、死体を食べるためではなく、採餌する昆虫を捕食するためにやってくる。
つまり、それぞれの種には死体を食べるのに適した時期があるのだ。
また、遺体は、温度、天候、土壌の化学的性質に応じて、さまざまな速度で腐敗する。
そして極度の寒さや暑さは、組織内の水分の凍結融解サイクルによる骨の微細な亀裂など、検出可能な痕跡を身体に残す。
これも死亡推定時刻を図る手掛かりとなる。
この研究施設は俗に「死体農場」と呼ばれ、写真のような光景が毎日見られるそうだ。
こうした研究は他のマフィア関連の事件でも役に立っている。
例えば、トニー・スピロトロがトウモロコシ畑に埋められた事件などである。