三分で学ぶアメリカギャングスター マー・バーカー一家編

三分で学ぶアメリカギャングスター マー・バーカー一家編

三分で学ぶアメリカギャングスター
マー・バーカー一家編

今回は映画「白熱」のモデルとなったバーカー一家をご紹介

事実は小説より奇なりとはこのこと。。

物語の始まり

ケイト

1935年1月16日、ケイト・クラークはミズーリ州のごくごく普通な家庭に生まれた。

1892年、ケイトはバーク・バーカーと結婚。

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バークも警備員をしている堅気の男でした。

二人は四人の息子、ハーマン、ロイド、アーサー、フレッドを授かる。

1910年、長男ハーマンが車を盗み、しかも子供をひき殺したとして逮捕されてしまう。

この事件をきっかけに4人の息子達は次々と盗みや暴力を働くようになってゆく。

1927年8月29日、ハーマンは職務質問を受けた警察官と揉めたのち射殺。

逮捕は免れないと感じ自殺した。

1928年にはロイド、アーサー、フレッドが逮捕され服役した。

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ここまではまだ“かなり荒れた家庭”と言えなくもないが。。

バーカー一家結成

ロイド
フレッド

1931年、ロイドとフレッドが出所した。
兄弟は同房だったアルウィン・カーピスを連れてバーカー家に戻った。

ちなみに父のバークは生活に耐えかねて既に蒸発していた。

兄弟とカーピスは“バーカー一家”を結成し、銀行強盗を初める。

強盗は次々と成功した。

しかし1931年12月19日、フレッドとカーピスは邪魔をしようとした保安官を射殺してしまう。

これにより警察は本腰をいれバーカー一家を追い始め、バーカー一家は全米を点々とし始めた。

警察が最初に指名手配したのはケイト・バーカー。

なんとケイトこそがバーカー一家のリーダー、黒幕だったのだ。

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諸説あります。
ケイトには100ドルの懸賞金がかけられていました。

1932年にはアーサーが復帰し、一家はシカゴに移住。

シカゴではアルカポネの組織で密造酒関連のビジネスをしていた。

しかし、ある日カーピスが「雇われるのは柄じゃねぇ」と言い始めた。

カーピス

カーピスを本当の家族のように思っていた一家は仕方なくミネソタ州に引っ越した。

当時のミネソタ州の警察は犯罪者とズブズブの関係を築いており、一家は安心して定住することができた。

1933年には醸造王として知られたウィリアム・ハムの誘拐に成功。

30万ドルもの身代金を得ている。

味をしめたバーカー一家は誘拐をメインの仕事にすることに。

しかし誘拐事件をきっかけにFBIが動き始めバーカー一家は追い詰められて行く。

FBIとバーカー一家

アーサー

FBIは当時最新だった指紋鑑定技術を使用し、すぐに誘拐事件の犯人を突き止めた。

バーカー一家は捜査が迫っていると感じ、再びシカゴへ移住した。

FBIは本気でバーカー一家を危険視しており、後にJ.エドガー・フーヴァーはケイトについて「この10年で最もずる賢く、危険な犯罪者だ」と語っている。

1935年1月8日、アーサーがシカゴで逮捕された。

FBIはアーサーが持っていた地図と手紙から一家がフロリダのコテージで休暇をとっていることを突き止めた。

1935年1月16日の朝、FBIと警察はコテージを完全に包囲し、投降を勧めた。

実はこの時、コテージの中にはフレッドとケイトの二人しかいなかった。

逃げ切れないと悟った二人はマシンガンを手に取り発砲。

何時間もの間、銃撃戦を繰り広げた。

やがて静寂が訪れるとFBIは地元の便利屋を呼び、家の中を見に行かせた。

幸いフレッドとケイトは既に死亡しており、便利屋は無事だった。

現場検証の結果、フレッドは息絶える直前にケイトを射殺していたことが明らかとなっている。

マスコミからなぜ老婦人を殺したのかと聞かれたFBIは「彼女がギャング団のリーダーだったのです」と発表した。

これによりケイトは伝説の人物となったのだが、リーダーだった証拠はない。

その後、残りのメンバーも残らず逮捕され、アーサーはアルカトラズ刑務所に送られた。

1939年1月13日、アーサーは脱獄を試み射殺されている。

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