三分で学ぶアメリカギャングスター プリティボーイ・フロイド編

三分で学ぶアメリカギャングスター プリティボーイ・フロイド編

三分で学ぶプリティボーイ・フロイド

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今回は割りと知名度の高いフロイドをご紹介していきます!

三分で学ぶジョン・デリンジャー編

三分で学ぶベビーフェイス・ネルソン編

プリティボーイ・フロイドの生い立ち

プリティボーイ・フロイド

1904年、チャールズ・アーサー・フロイドはジョージア州で生まれた。

1​​8歳の時に窃盗で初めて逮捕され、21才の時に強盗で再び逮捕されている。

フロイドは三年半服役した後、釈放されるとカンザスシティのギャング団とつるみ始めた。

“プリティボーイ”のあだ名はこの頃ついたとされているが、本人はこの呼び名を毛嫌いしていた。

プリティボーイ

その後はケチなギャングとしつ活動していたフロイドに、1930年3月8日転機が訪れる。

フロイドは強盗中に警官を射殺した後、逮捕されてしまう。

有罪判決を受けたフロイドは服役を逃れるために逃亡。

この逃避行の最中、フロイドは敵対ギャングや警官を殺害し有名人になっていった。

一見ゲス人間なフロイドだが、ある銀行を襲った際にローン関係の書類を燃やした事からヒーロー的な存在として祭り上げられて行く。

その後、フロイドは銀行を襲うと積極的にローンをチャラにしてやっていた。

人々はそんなフロイドをロビン・フッドと呼び、積極的に匿ってくれた。

1932年4月7日、フロイドは自身を捕まえようとした保安官を射殺。

しかし人気に陰りが射すことはなかった。

フロイドこそが真の英雄だと皆、信じていたのだ。

カンザスシティの虐殺

1933年6月17日、“カンザスシティの虐殺”と呼ばれる大事件が起こる。

内容はユニオン駅で囚人を護送中の警官4人が射殺されたというものだった。

フロイドの関与については諸説あるのだが、当時FBIのJ.エドガー・フーヴァーは“フロイドの仕業だ”の決めつけ、大々的な捜査を開始した。

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カンザスシティの虐殺については明日詳しく特集します

1933年6月30日、カンザスシティ警察の元にフロイドから手紙が届いた。

“私はチャールズ・フロイド。先日の事件には私は関わっていない。それを皆に知らせてほしい”

しかしフーヴァーはこれを意に介さず、フロイドを“パブリックエネミーNo.1”に指名した。

ここで時系列を整理しよう。

アル・カポネが指名されたのは1930年。

ジョン・デリンジャーは1934年。

同年デリンジャーの死後にフロイド→ベビーフェイス・ネルソンとなる。

話は戻り1934年10月22日、FBIと警官はオハイオ州でフロイドを発見し追跡を開始した。

フロイドは警官に発砲し、森の中へ姿を消した。

フロイドの手強さを目の当たりにした警察とFBIは地元の警官で元狙撃兵のチェスター・スミスに協力を依頼した。

捜索の末、フロイドは発見されトウモロコシ畑へ逃げ込んだ。

狙いを定めたスミスはフロイドに止まれと叫んだが、フロイドは走り続けた。

そこでスミスはフロイドを撃ち抜いた。

映画パプリカエネミーズより

それからスミスはフロイドに近づき最期に言い残すことはないか尋ねた。

フロイドは最期に「地獄で腐りやがれ」と吐き捨て死亡した。

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