ホワイトボーイリックの実話

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マフィアグッズ専門店
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今回は若干17歳にしてFBIの情報提供者となったリチャード“ホワイトボーイ”リックウェルシュについて。

ホワイトボーイリック

1970年代、リチャード“ホワイトボーイ”リックウェルシュはデトロイトで育った。

当時のデトロイトは1967年の暴動により荒廃し治安の悪い街となっていた。

そんな中リックは野球少年として成長したが、やがて悪の道へと引き込まれてゆく。

1984年6月、FBIが地域に住む唯一の白人家族であるヴェルシェ家やってきて、リックの父リチャードシニアにジョニーという麻薬密売組織についての情報を求めた。

リチャード・シニアはギャンブラー兼武器商人で過去にも金銭と引き換えに情報を提供した事があった。

リチャードシニアは麻薬については何も知らなかったがり14歳の息子リックは近隣のギャング達をよく知っていた。

その事に気がついたFBIはリックの知識があり利口で、何よりつけこみやすそうな性格を気に入った。

情報提供者

映画で描かれたリック親子

FBIはリックに給与を支払い機密情報提供者として雇うことに決めた。

FBIはリックに高校を中退させジョニー・カレーの組織に潜入させる。

リックは危険を省みず情報収集を行い月に5万ドルを稼ぎだした。

リックは気に入られカレーの弟子になり“ホワイトボーイリック”というニックネームを授けられた。

リックはミンクのコートを羽織りダイヤモンドがちりばめられたロレックスを身に着けて出歩き“若きギャングスター”としてメディアからも注文されるようになってゆくが、これらの品はすべてFBIから支給されたものだった。

リックの野望

1987年4月、FBIはリックの情報に基づきカレーと腹心の部下達を起訴するに至った。

彼らは麻薬とゆすりの罪で有罪を認めた。これによりFBIとリックの協力関係も終了したのだった。

カレーは姿を消しFBIの呪縛もない。そこでリックはカレーのシマを乗っ取り、自分でコカインの卸売業者になろうと考え始めた。

しかしその野望はすぐに潰えることとなる。

1987年5月22日、交通違反をきっかけに隠しもっていた8キロのコカインが見つかり逮捕されてしまったのだ。

リックは1988年1月にデトロイトのウェイン郡記録裁判所で行われた裁判で有罪となり、仮釈放なしの終身刑を宣告された。

最高の情報提供者

3年後の1991年、21歳の誕生日の直前にリックは再びFBIな協力者となり、多くの事件について情報提供を行った。

リックはカレーが警官や政治家を買収した事について告発し市長や多くの警察官が逮捕されることに。

検察官はリックに“最高の情報提供者”の称号を送った。

しかし、リックの仮釈放は却下されてしまう。

これはリックが情報提供を通して多くの人物を敵に回した結果だった。

さらに誰かが殺し屋を雇ったとの噂も囁かれるようになっていた。

その後のリック

大人になったリック

リックは仮釈放の申請を続けたが、仮釈放委員会は2003年、2008年、2012年に却下との結論を下した。

だが2017年8月状況が一変する。

リックの人生が映画化されたのだ。

世論を気にしてかミシガン州はリックに仮釈放の許可を下した。

だがリックは盗難車売買の罪でも有罪判決を受けており、フロリダの刑務所に服役してから2020年7月にやっと解放された。

現在は堅気の生活を送っているものと思われる。

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